全身を張り巡らす血管は、からだのすべての細胞に酸素や栄養を供給し、老廃物や二酸化炭素を回収するいわば“生命維持に必須のライフライン”です。また、血管はホルモンなどの細胞外シグナル分子を輸送することで、多臓器間ネットワークを構築し、生体の恒常性維持にも寄与しています。
このため血管の機能異常は、多岐に渡る疾患の発症や進展と密接に関連しています。また、人は年齢とともに老化しますが、その根本的な原因のひとつも血管機能の破綻にあると考えられています。従って、人が健康で長生きできる社会を作るには、血管について理解することがとても重要です。
私たちの研究室では、“血管が如何に形作られ機能しているのか?”、また、“血管機能の破綻が如何に様々な病気を発症するのか?”といった疑問を分子レベルで解明することを目的に研究を進めてきました(Nat Cell Biol 2008; J Clin Invest 2012他)。それにより、血管に関わる疾患の予防法・治療法開発に向けた分子基盤の構築を目指しています。
この研究目標を達成するため、私たちは数年前より、“ゼブラフィッシュの蛍光生体イメージング技術”を駆使した血管研究を開始しました。これまで、分子活性や細胞機能は、培養細胞を用いたin vitro実験系で、遺伝子の生理機能は、遺伝子改変マウスなどを用いたin vivo実験系で研究されてきました。このため、生体内で起こる様々な生命現象や病気の発症が、どのような分子メカニズムで制御されているかについては依然不明な点が数多く残されています。
私たちはこの問題を克服するために、生きた個体で細胞機能やそれら機能を制御する分子活性を解析する“in vivo細胞生物学研究”を確立し、実践しています。具体的には、分子活性や細胞機能を可視化する蛍光タンパク質(蛍光バイオセンサーといいます)を発現するゼブラフィッシュを樹立し、蛍光生体イメージング解析を行うことで、生体内で起こる様々な生命現象や疾患の分子機構について研究を行っています(Dev Biol 2014; Development 2015; Dev Cell 2015; Development 2016他)。
「魚でヒトの研究ができるの?」と思われる人もいるかもしれませんが、ゼブラフィッシュは、臓器の発生や構造がヒトと類似した脊椎動物で、近年、ヒト疾患のモデル動物としても注目されています。また、ゼブラフィッシュは体外で受精し、発生が早く、胚が透明であるため、生きたまま発生や形態形成の過程を観察できるという利点があります。
以下に私たちの具体的な研究テーマを示します。
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血管新生は既存の血管から血管枝が出芽・伸長し、新たな血管網を構築するプロセスです。血管新生において、伸長する血管の先端に位置する内皮細胞をTip細胞、その後方に続く細胞をStalk細胞といいます。Tip細胞は、先導端で活発にフィロポディアを形成し前進します。私たちはこれまで、血管新生における内皮細胞の形態・運動を制御するシグナル伝達系を明らかにしてきました(Dev Cell 2015)。
また、血管新生において内皮細胞は、互いの接着を維持しながら集団で一方向に移動し血管枝を伸長させます。この際、個々の内皮細胞は5移動すべき方向を認識し(これを前後軸極性形成といいます)、能動的に前進します。現在、血管新生において内皮細胞が集団で一方向に移動する仕組みについて研究を進めています。
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血管内を流れる血液は、血管内腔面でシート構造を形成する内皮細胞に対して、ずり応力(シェアストレス)や圧力などのメカニカルストレスを負荷します。私たちは内皮細胞がこれらメカニカルストレスを如何に感知し、血管新生や血管機能を制御しているのか研究しています。
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血管新生は、生体にとって有用な“生理的な血管新生”と疾患の発症・進展に関わる“病的な血管新生”の二つに分類されます。私たちは、生理的および病的な血管新生のプロセスを細胞生物学的および形態学的な視点で比較・解析することで、血管新生の分子機構の多様性と普遍性を明らかにします。それにより虚血性疾患に対する効果的な血管再生療法の開発、病的な血管新生が関わる疾患の治療法の開発を目指しています。
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内皮細胞は互いに接着し、血液の漏出を防ぐバリアを形成します。しかし、炎症が誘導されると、内皮細胞はバリア機能を弱め、血管透過性を亢進します。このため、血管には血管バリア機能をダイナミックかつ厳密に制御するための仕組みが備わっており、その破綻は様々な疾患の病態を悪化させます。
私たちはこれまで、Rasファミリーに属する低分子量Gタンパク質の一つRap1が血管バリア機能制御に重要な役割を果たすことを発見しました(Mol Cell Biol 2005; Mol Biol Cell 2006; Mol Biol Cell 2010; J Cell Biol 2013)。Rap1は、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質メンバーの一つRhoを抑制し、逆にCdc42を活性化することで、血管バリア機能を亢進します。一方、炎症が誘導されるとヒスタミンなどの炎症性メディエーターがRhoを活性化することで、血管透過性の亢進を惹起します。すなわち、血管透過性は、RhoシグナルとCdc42シグナルのバランスによって規定されており、Rap1はそのバランスをCdc42シグナル側に傾けることで血管透過性を抑えていると考えられます。興味深いことに、米国NIHのSilvio Gutkind先生との共同研究で、RhoシグナルとCdc42シグナルのバランスを正常化することで、血管透過性の亢進が関わる疾患を治療できる可能性を示しています(Nat Commun 2015)。今後、さらに研究を進め、血管透過性の亢進がかかわる疾患(敗血症、アレルギー疾患、癌、糖尿病網膜症など)の新規治療法開発を目指します。
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毛細血管など比較的細い血管を被覆するペリサイトは、血管内皮細胞に作用することで血管安定性や血管機能を厳密に制御しています。私たちは、最近、世界ではじめて生体内のペリサイトのライブイメージングに成功しました(Development 2016)。現在、このシステムを利用して、ペリサイトが血管を被覆し、血管機能を制御する分子メカニズムについて研究をしています。それにより、糖尿病網膜症などペリサイトの変性や脱落がみられる疾患の病態解明を目指します。
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生涯にわたってすべての血液細胞を産生する造血幹細胞は、胎生期に背側大動脈に存在する一部の血管内皮細胞から発生します。私たちは、内皮細胞から造血幹細胞が発生する分子メカニズムについて研究を進めており、将来、iPS細胞などの多能性幹細胞から造血幹細胞を産生する技術を確立し、新規造血幹細胞移植療法の開発へと繋げていきます。